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ニューヨークタイムズ
1989年3月26日発行のニューヨークタイムズ誌の表紙となった「日本」の文字は天使河原紫翠先生が書かれたもの。また、日本神話についての記事も寄稿され、英語と日本語で掲載になった。

左の写真はその時の記念としてニューヨークタイムズ社より送られたパネル。
右は新聞掲載の記事
ニューヨークタイムズ 1989年3月26日発行記事
(寄稿文を抜粋して英訳・掲載)
『神話』
「山の辺の道」は、日本最古の道と言われる。
紀元前七世紀から、紀元後七世紀にかけて華開いた古代朝廷文化の故郷。奈良大和平野の東、青垣の山々の裾を縫って、起伏に富んだ細道がまがりくねって古代の神話と歴史の移り変わりをしのばせる。
「山の辺の道」の南方にひときわ秀麗な三輪山をあおぎみる。標高四六七メートルの穏やかな円錐形のその山は、古くから神体山として大和(ヤマト)を象徴する神の鎮まる聖域とされてきた。
二十年ほど前、フランス政府文化使節として来日された老哲学者ガブリエル・マルセル博士は、神聖な三輪山を仰いで「ほんとうの日本」を見いだしたといわしめた、と聞く。 朝霧に黒いシルエットで浮かぶ三輪山。春分の日、太陽は三輪山の真後ろから上がる。 黄金の光背が、なだらかな円錐形の山を厳かに浮かび上がらせ、頂上より突如真赤な光球が生まれ出て、まばゆいばかりの輝きで揺れながら天空に昇ってゆく。
三輪ヤマハ、その神オオモノヌシとイクタマヨリ姫との恋物語が古来より語り継がれ、神話から歴史への時間の接点、又、天津神(天の神)と国津神(地の神)の空間の接点としてすこぶる重要な位置を示している。
日の御子(ヒのミコ)、初代・神武天皇(ジンムテンノウ)妃(五十鈴姫イスズヒメ)はこの三輪山の神の娘(コ)であった。
昇る太陽は天の象徴、円錐形の山は大地の象徴である。つまり、神武天皇の婚姻は天地の融合であり、一切の大和(ダイワ)として解釈される。
山霊には五十鈴姫の住んだ出雲(イズモ)屋敷や第十代・崇神(スジン)天皇の磯城瑞離宮跡(シキノミズガキノミヤアト)から、第三十代敏達(ビタツ)天皇の訳語田幸玉宮跡(オサダノサキタマノミヤアト)に至るまで(B.C.660年からA.C.585年)十をこえる皇居跡がある。又、その周辺には坪井遺跡・纒むかう(マキムク)遺跡・大福(ダイフク)遺跡等の集落跡があり、弥生時代(B.C.200年からA.C.300年)を中心に、古くはB.C.1000年ぐらいからの土器や玉・青銅器・木製品など多数出土している。いまも発掘中で考古学や歴史学の熱い視線が投げかけられている。三輪山の付近は天皇家すなわち皇室の起こったところで天皇家を中心として、奈良盆地の各地に有力な豪族たちが分布していた。その後A.C.350年頃から大阪の河内平野へと進出していった。
古事記(712年)や日本書紀(720年)の古代文献に、日本は「日出ずる国」として天照大神(アマテラスオオミカミ・太陽神)の「豊葦原千五百秋の水穂の国(トヨアシハラチイホノアキのミズホノクニ・いつまでもみずみずしい稲穂のできる国と日本を祝福したほめ語)は、わが日の御子の治める国なり」という神勅に発し国号を「日本」(ヒノモト)「大和」(ヤマト)と称し、日の御子の降臨によって大地すべて照徹し、光明化し人類を大和(ダイワ)の理想のもとに包容する国家としてこの国を出発させたとある。
現在、天皇と呼称されている日の御子は本来、天津日嗣皇命(アマツヒツギスメラミコト)であり、歴史をひもといてもかって天皇は鎧をつけたことがない。
天津日嗣の道とは、代々日の御子として人類を大和(ダイワ)の理想のもとに、人を人として守り育てていく皇孫の道であり、身命を賭して道に生き又道に果てることを使命とする宝(ホウソ)の道である。道とは自然の摂理に従った秩序・教えの事であり、法や権力、又信仰の道ではない。
松岡英宗博士の語られるには、半世紀ほど前、今は亡き昭和天皇の意とは別に時の内閣の決定により勃発した遺憾な戦争。
敗戦のとき陛下は「責任はすべて私にある。私の一身はどうなろうとかまわない。私はあなたにお任せする。この上はどうか国民が生活に困らぬよう連合国の援助をお願いしたい」と時の連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥に語られた。マッカーサー元帥の回想記に、陛下のお言葉とお人柄にふれ、大変感動し「われ神を見たり」と心中で叫ばれたそうである。まさに陛下は天津日嗣皇命として、身命を賭して使命を果たされたわけである。
本年一月七日、昭和天皇が崩御され、在位六十四年という長きにわたる昭和の時代が終わった。大きな戦争を体験するという波乱と激動の時代だった。ただちに一月八日円滑に皇太子が新天皇に御即位された。
第百二十四代の天津日嗣皇命の終焉が、次の第百二十五代の天津日嗣皇命の新生を喚起し元号も平和を意味する「平成」とかわり、国民と共に新しい時代の息吹が芽生えて行こうとしている。
「山の辺の道」に立ち、こころよい風に吹かれながら三輪山を仰ぎ見ながら、あたかも右から左に体を心を風が吹き抜けていくというか、けがれのないすがすがしさ、マルローの言葉をかりれば、自然の精神化としての神そのものにふれるような思いである。
大阪市より郊外電車で小一時間、「山の辺の道」は神話の世界、日本のふるさとへの入り口である。もう一度、神話の世界へもどり、神話の現実化をはかり、世界の大和を心から願いたいものである。
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